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私にできることは、医師を中心としたすべての職員が安心して働きやすい環境を作るために、日々改善することです。
社会資本として有限な医師をもっと大切にすることから、日本の医療への貢献を実現します。

2010/12/21 火曜日 - 17:41最近の日本、何かおかしくないですか?(その10、「自由保育」の好き勝手)

櫻井氏はさらに、わが国が自由保育という考え方を良しとするようになった理由について考察しています。
1960年代から70年代に自由保育の考え方が欧米から入ってきました。それは戦前の価値観への反動が基調となった戦後の教育の中で熱烈に支持されていきました。しかし、その欧米諸国は、子供を善なる存在だと見なして自由にさせることは誤りであると気づき、過去20年強、一大方針転換をしたのです。そして、日本だけが、自由放任が良いという考え方でそのまま教育を行ってきました。この傾向に拍車をかけたのが少子化です。大事な一人っ子、もしくはふたりっこを育て、自分の子供のためには何でもしてあげるという親が増えてきました。子供のために望みをすべてかなえてやる。どんな学校にも入れてやって、個室も、パソコンも、テレビも子供専用のものを与える。こうして子供はこの世の中が自分の為に存在していると思うような環境に置かれてしまいます。子供は足らざることの不自由を体験することもなく、全く唯我独尊の価値観を身につけていきがちです。これでは見知らぬ人と折り合って、譲り合いながら暮らしていく知恵を身につけることなど、できないのです。謙虚になり、他人への優しさを実践していく賢さを身につけることなど及ばないのです。意図せずしてこんな環境を作り出したのが、いまの日本の豊さです。」と述べています。

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2010/11/24 水曜日 - 15:08最近の日本、何かおかしくないですか?(その9、「自由保育」の好き勝手)

ジャーナリストの櫻井よしこさんは保育園でまかり通る「自由保育」の好き勝手と題して以下のように指摘しています。
いま公立の保育園では自由保育の旗を掲げています。大変耳に心地よい言葉です。これは子供が善なる存在で、前向きであるという性善説に基づいていると思います。自由にしておくのが一番いい。叱ったりする事はよくない。親がいろいろなことを押し付けるのもよくない。子供を自由にするのが一番だという考え方です。しかし、実際の保育園でみる光景はまるで保育園が老人ホームになったようです。自分のすきな相手とだけ集まってこもごもお話をしています。以前のように団体でお遊戯をしたり、歌を歌ったり、かけっこをしたりということをなかなかさせることができません。ですから子供は自分と気のあった人とだけしか遊ばないし、話さないのです。しかし、これは人生で初めて、今まで見たこともない他人と時間と空間を共有するという社会的な訓練にはまるで役に立ちません。気の合わない子供と何とか折り合いをつけることを学ぶ機会を奪っていることになります。」と自由保育の自由という耳に心地よい言葉に潜む恐ろしさを指摘しています。

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2010/11/9 火曜日 - 17:43最近の日本、何かおかしくないですか?(その8 アタッチメント)

では、子供の教育過程の中でどのような誤りがあったのでしょう。日常あまり気にもとめていないことですが、実に多くの誤解や問題点があるのです。わたくしが調べ得た範囲でご紹介をしてみたいと思います。
先日紹介致しました田下先生は小学生暴力をアタッチメントの観点からとらえておられます。要約してご紹介します。
鳥類以上のすべての動物の仔は自分に危機が迫ったとき、誰が守ってくれるのか、誰の元へ逃げていけばいいのかを分っている。親もどの個体を保護するのかを識別している。保護し保護される相手が確定すると、仔に本能として内在している愛着行動のシステムを起動する。その概念をアタッチメントという。カルガモのひなが母ガモの後を追うのがそれである。この過程は基本的には人間も動物と同じである。2歳半から3歳でその基礎が形成されるが、人間ではアタッチメントは生涯にわたって存在し、その対象も両親から友人、教師、異性へと広がっていく。アタッチメントは人を信じることや、愛する事の基調となる。親の都合によってすぐ変わる、本気でない養育姿勢はアタッチメント形成不全を発生させる。結果、子供は誰が自分を保護してくれる人なのか判定に確信が持てず、人間関係は浅薄で、その場限りになりやすい。必要なアタッチメントが形成されないと、その相手は子供の攻撃対象となる。小学生暴力の根源はここにある。」 と書いて親の都合によってすぐに変わる、本気でない養育姿勢を小学生暴力の根源と強調されておられます。

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2010/10/26 火曜日 - 16:19最近の日本、何かおかしくないですか?(その7、子供の部屋には鍵は掛からないようにすること)

わたくしが敬愛する北海道旭川市の小児科医・田下昌明先生は産経新聞のコラムの中で同様の意見を述べておいでです。そのコラムを要約し、紹介致します。
小学校入学を機に子供に部屋を与える場合もあろうが、鍵は掛からないようにすること。これは子供の人権を無視しているのとは違う。ただし、親でもその部屋に入りたい時は、ちゃんとノックして入室の許可を取るのは当然のことだ。それでも鍵がかかっていなければ、子供はやはり「いつ誰に開けられるかわからない」と思っているので、自然に「いつ誰に見られても恥ずかしくない」生活をするようになる。日常生活で子供の法を守る精神をつちかうためには「誰も見ていない場所」や「誰も見ていない時間」をできるだけ与えないようにするのが肝心だ。それには神仏の存在を親が認めることだ。そうしてできることなら信ずること。もし神仏の存在を親が認め、信ずるなら子供にとっても親にとっても、誰も見ていない場所や時間はたちまち消えうせてしまう。いつでも、どこでも、神様や仏様が見ていらっしゃるからだ。と述べておられます。
さて、戦後62年が過ぎ、今年は戦争を知らない子供たちが会社の定年を迎える年となりました。最近になって、教育基本法を変えようという気運が生まれた背景には戦後の教育に対する失望感があります。小学校では学級崩壊が起こり、中学・高校では暴力といじめ・不登校、そして一時期17歳の犯罪が騒がれました。最近では小学生による同級生殺人事件、直近の高校生による母親殺しや「親父がり」など悲惨な報道が後を絶ちません。戦後、わたしたちは教育に大きな期待をかけてきました。親たちは教育にかける費用を惜しまず、より良い環境作りのために奔走しています。子供達も遊びたい気持ちを殺してまでも、夜遅くまでの塾通いやお稽古事に駆り立てられています。にもかかわらず、わたくし達の目の前の社会の風景は明らかに期待を裏切るものです。学力も基礎体力も著明に低下し、若者達は、自分の夢を持ち得ず、惰性と荒廃の道を進んでいます。思いやりも自己責任も喪失したかのような日本の戦後の教育は成功だったとはいえないと思います。

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2010/10/12 火曜日 - 17:48最近の日本、何かおかしくないですか?(その6、学校教育は今のままでよいのか?)

 私は福岡西ロータリークラブに11年前に入会し、ロータリーライフを楽しんでおります。日本のロータリアンは「ロータリーの友」という雑誌を読んでいるのですが、その一文を読んで強く共感を覚えたので紹介いたします。2004年12月号の「友」誌の「友情の広場」に載せてあったもので、岡山県倉敷市の松本勝治郎さんとおっしゃる眼科の先生からの「学校教育は今のままでよいのか?」という題名の投稿文でした。比較的短い文ですので、全文をご紹介します。
通学かばんの中から取り出した鏡の前で、他人の目を気にすることもなく厚化粧をし、駅の階段に座って股を開いてパンをほおばる高校生たちを見ていると、この国は今、滅びつつあるという気がしてなりません。「友」誌2004年3月号のガバナー座談会でも青少年問題を取り上げていますが、具体的な解決策となるとなかなか答えが見つからないといのが現状です。そういった中で、当クラブが9月に講演者としてお招きした、岡山学芸館高校校長・森靖喜氏の教育基本法を変えるという説に、私は賛成です。
戦後、米国は占領政策として日本に何を行ったのでしょうか?慶応大学の江藤淳著「閉ざされた言語空間―占領軍の検閲と戦後日本」によれば、日本人に戦争の謝罪意識をもたせて、日本の伝統的文化、日本人精神をせん減させ、二度とアメリカという白人国家に歯向かうことのない日本人をつくる。そのように日本国憲法と教育基本法を作ったということです。戦後、日本の教育はこの教育基本法にのっとり、個人主義すなはち個人の価値を尊ぶ人権教育を行ってきました。
一見すると、この法律のどこが間違っているのか?いや、むしろ理想のものではないかとさえおもわれますが、これには大きな落とし穴があります。これはキリスト教文化圏で初めて成立するものだからです。キリスト教において、神と人間は契約で結ばれており、これに違反すれば人間失格、死後、地獄に落ちることになります。従って、一人で部屋にいるときでも、常に宗教という歯止めが掛かっています。
一方、日本のような無宗教といってもよい国では、すべて私の勝手、私の人権が一番ということになって、個人主義が利己主義に変わってしまいました。こういう教育を二~三世代、50~60年にわたって続けてきた結果、「他人のことは、どうでもよい、自分さえよければよい」という、今の日本の若い世代を作り出してしまいました。
「狂ったこの状態を元に戻すには、教育基本法を変えて、日本の伝統的文化、日本人精神を大切に、家族を大切に、日本という国を愛する心を養うような教育を取り戻すべきだ」と、森氏は語ります。私は、この説に全面的に賛成です。
では、ロータリーとして何ができるのか?国民の一人ひとりに戦後教育の実情を正しく知ってもらい、今後、どういう教育をすればよいのか考えていただくよう、積極的に啓もう活動を行って、世論を盛り上げることではないでしょうか。日本人が、日本の心を取り戻す日が来ることを願っています。

松本氏はこのように結んでおられます。私自身もこの説に大賛成です。

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2010/9/28 火曜日 - 18:07最近の日本、何かおかしくないですか?(その5、教育になっていないのでは?)

最近、新聞の社会面を見るのが辛くなってきました。悲惨なニュースが毎日報道されています。昭和の時代にはあまり目立たなかった特徴は子供に絡む犯罪の激増です。小学生同士が殺しあったり、親が育児を放棄・遺棄して死亡させたり、あるいは親を凶器で撲殺したり、「誰でもよかった」と行きずりの通行人を襲ったりと、1件、1件、背景は違っても、根源となっているのは、教育や躾の質の低下にあるのではないかと思います。
安倍晋三元首相のもとでようやく教育基本法の改正が行われましたが、「教」え、「育」くむという家庭としても、国としてもとても大切な行為にあまりにも間違いが多いのではないかと考えています。まずは私自身日頃思っていることから紹介しましょう。
子供は小学校に入ると、交通規則を習います。横断歩道では、右手を挙げて、右みて、左見て、も1度右を確認してわたりましょうと教わります。そして新学期には街の交叉点にはお父さん、お母さんが立って、黄色いランドセルカバーと付けた子供達の安全を守ります。ほほえましい風景です。しかし、よく見ると実際の横断歩道では、子供は、黄色い交通安全の旗を振りかざし、交通を遮断している大人達の顔をまっすぐに見つめて横断しています。手を挙げて、左右を確認している子供はほとんどいません。「子供を守ってやっている」という正義感からか、親はひっきりなしに交通を止め、子供は交叉点で待つことを教えられません。
本来は、子供が手を挙げ、左右を確認し、タイミングを計りながら安全に横断するのを教え、できていない子には厳しく躾ける役を大人は担っているはずです。こうして、子供達は交通ルールを学ぶ機会を奪われます。ご老人を自転車で撥ね、傲慢なふるまいをする若者の姿が報道され、大人達は「若者が交通ルールを守らない」と嘆きますが、その一因は親自身の勘違いにあるのかもしれません。子供が学び取る機会を大人が奪っていると思うのです。

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2010/9/14 火曜日 - 17:43最近の日本、何かおかしくないですか?(その4、やれるじゃないか日本)

 サッカー・ワールドカップ南アフリカ大会と並んで、小惑星イトカワに着陸した探査機「はやぶさ」の快挙は梅雨空の日本にさわやかな感動を与えました。苦難に満ちた往復40億キロを乗り越え、動いているのが奇跡的なほどの満身創痍で、予定を3年も遅れて7年ぶりで地球に帰ってきた「はやぶさ」に航空ファンだけではなく多くの国民から賞賛の声が上がりました。オーストラリアの砂漠にわが身と引き換えにわずか数10センチの回収カプセルを落とすために、最期の力を振り絞って大気圏に突入し流れ星となって消えた「はやぶさ」。ネットには「よく頑張った」、「機械ながら健気な頑張りだ」「たとえ砂が入っていなくても金メダルだ」と共感の声が寄せられました。同時に、惑星探査に関して技術立国日本を証明して見せたのです。政権党のある国会議員が「事業仕わけ」で、日本の科学技術に対し「2位ではだめなのですか」と真顔で質した無知・無感覚な声が耳から離れません。こんな政治家がいるから、技術立国日本が王道を最近踏み外しているのではないかと心配になります。
 ともあれ「はやぶさ」の快挙に、回収カプセルを見ようと酷暑の夏休みに長蛇の列ができ、NHKでは特集番組が放映されました。「はやぶさ」の2号機も予算計上され、国民の期待も高まっています。やれるじゃないか日本の思いは私一人ではないと思います。

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2010/9/8 水曜日 - 8:03訪問診療医養成プログラム動画 本UP!

先日より、当Blog内にて「在宅医養成の試み」として
連載でご紹介しておりましたが、
遂に「訪問診療医養成プログラム動画」が本UP致しました。

是非、ご覧ください!

▼こんな方法があったんだ!!必見!!
 (白十字式)訪問診療医養成プログラム動画
http://www.tominaga-message.com/hikken.html

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2010/8/31 火曜日 - 17:48最近の日本、何かおかしくないですか?(その3、やれるじゃないか日本)

とはいえ、まずは最近嬉しかった話から。
平成22年6月30日未明、日本は感動の渦の中にありました。サッカー・ワールドカップ南アフリカ大会で16強に勝ち進んだ日本はパラグアイとの120分の激闘の末に敗れはしましたが、仲間同士の強い絆とあきらめずに突き進む勇気を国民に熱く示してくれました。深夜にも関わらずテレビ視聴率は瞬間的に63%を超えました。同夜のNHKニュースウォッチ9で控えのゴールキーパー川口選手は「みんな試合に出たい。それを我慢してサブに徹する。犠牲心です。」と答えていました。PKを外してうなだれる駒野選手の手を取り仲間の列に加える「仲間を思いやる心」、体力的には敵わなくても身体を寄せて身を挺した守備、高まった一体感、田中マルクス闘莉王選手は「日本人になってよかった」と話していました。深夜、テレビに熱狂していた若者からは「愛国心を感じる」とありました。新聞によると、南アフリカの高地での試合に備え、高所トレーニング専門家の大学准教授が高地順化を進め、走れる体を作ったそうです。また、フィジカルトレーナーからの指導で、4試合の選手の走行距離は16強中2位、戦列離脱者はゼロと驚異の仕上がりだったそうです。サブの選手やスタッフ全員を加えて円陣を組む光景は、4年前のドイツ大会では1勝もできず、今回も前評判の低かったチームの進化を示していました。日本サッカー協会・川渕名誉会長が「(負けたのは)残念だが、だれも非難しないだろうというくらいの健闘ぶりだった」とコメントしていましたが、「一生懸命さ」、「がむしゃらさ」、「どろくささ」、「仲間を思う心」「肩を組んで君が代を斉唱する姿」に感動し勇気をもらった国民であることは紛れもない事実なのです。

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2010/8/17 火曜日 - 18:09最近の日本、何かおかしくないですか?(その2、藤原先生登場)

 日本が、今、岐路に立たされています。何かがおかしい。ベストセラー「国家の品格」をお書きになった藤原正彦先生が、文芸春秋7月号に書いておられる「日本国民に告ぐ」から抜粋させていただきます。
・経済ではバブル崩壊後20年近くになるが、この間行われた様々な改革がどれもうまくいかない。デフレ不況を脱せず、財政赤字は世界一となり、なお増大している。失業率は増え続け、世界トップクラスの自殺大国となっている。
・政治を正すためには良い政治家が必要となるが、大量の小泉チルドレンに続いて、さらに大量の小沢チルドレンと選挙の半年前までは国政など考えたこともないような素人が登場し、質は低下するばかり、今後どんな政界再編があろうと、質の劣化した政治家たちの区分けが変わるだけのことであり、質の向上にはつながらない。濁った水はどう分けても濁ったままである。
・深刻なのはモラルの低下である。子殺し親殺し、「誰でもよかったが殺したかった」という無差別殺人など、かつてはありえなかった犯罪が頻りに報道されるようになった。子供たちのモラルも一斉に崩れ、学級崩壊、陰湿ないじめによる子供の自殺が普通になった。数世紀にわたって恐らく世界一だった子供たちの学力は、十年ほど前に首位を滑り落ち、その後も落ち続けている。不満が少しでもあれば大げさに騒ぎ立て訴訟にまで持ち込む人々が多くなった。人権をはじめとしてやたらと権利を振りかざす人間が多くなった。かつてこういう人間は「さもしい」と言われたものだが。
 まさにいいえて妙。何を間違えてこのような日本になってしまったのか。このブログで私は前々回まで医療の様々な側面について書いて参りました。医療・介護を含む社会保障費を確保するためには、その国の政治、経済は勿論のこと、国民の意識・判断に負うところが大きいと思います。医療に絡むことも、無関係なことも「何かおかしくない?」と思われることを思いつくままに挙げてみます。一緒に考えてみませんか。お付き合いください。

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