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ムービー1:医師の負担を軽減するために ムービー2:急性期の現場から長崎の回復期~慢性期医療へ 院長ブログ

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私にできることは、医師を中心としたすべての職員が安心して働きやすい環境を作るために、日々改善することです。
社会資本として有限な医師をもっと大切にすることから、日本の医療への貢献を実現します。

2009/11/10 火曜日 - 18:24廃止でいいの?後期高齢者医療制度(その3)

終末期相談支援料という報酬も問題になりました。「はやく死ねということか」と怒りで顔が引きつれたお年寄りの顔が忘れられません。しかし「死ぬ時は家で死にたい」「意識もないのに多数の管を入れられてまで延命して欲しくない」と同時に望んでおられる高齢者はたくさんおられます。回復の見込みの薄い場合、延命治療を行うかどうかについて前もって確認した場合医療機関に支援料が支払われる制度ですが、野党(当時)政治家の露骨な非難、一部マスコミのまるで鬼の首を取ったような恣意的な報道によって一時凍結となってしまいました。
すべての人にとって絶対に避けられないのが死です。寿命が尽きようとしている身体にスパゲチィみたいに多くの管を通し、全身ぶくぶくになり顔も変わってしまうほど水を入れ、挿管して生命維持を図る治療に何の意味があるのか。心停止に至っているのに「東京にいる息子にひと目会わせるまで」との家族の希望を入れて身体に馬乗りになって、肋骨がバキバキ折れるほどの心マッサージを続けることをいつまでも是としていてよいのか。人の死を医療の敗北とする終末期医療は一体いつまで続くのでしょうか。
永田町を怒りに満ちた表情で抗議を続ける高齢者の映像を見る度、新しい制度の本来の意味を国民にわかりやすく説明し理解させる責任をもつ部門や顔はどこの誰なのか、疑問に思います。国民一人ひとりにとって極めて大事な問題であるのに、真の国民的議論が必要であるはずなのに、政争の具にされている。これで先進国といえるのか本当に残念です。

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2009/10/27 火曜日 - 18:13廃止でいいの?後期高齢者医療制度(その2)

4~5年前のことですが80歳代前半の外来女性患者さんに私は、処方薬を少し整理しようと提案をしたことがあります。神経質な彼女は私の外来で5~6種類の処方を受けていました。彼女によくよく聞いてみると当科以外に整形外科、循環器内科、心療内科の3診療所を受診中とのことでした。処方されている薬剤の説明書を全医療機関分見せてもらって私は驚きました。何と全部で20数種類の薬剤が処方されていたのです。同じ薬効の薬が3ペアーありました。「これ全部飲んでるの?これ全部飲んだら死ぬよ」と思わず尋ねると、申し訳なさそうに「飲みやすいからこれとこれとこれを飲んでいる」との答え。循環器内科から処方されている彼女にとって一番必要だと思われる高価な薬は服用されてはいませんでした。
高齢者の五月雨受診が問題だと10年以上前から言われ続けてきました。月曜日は○○整形外科、火曜日は××眼科、—–、金曜日は☆☆内科と連日の外来受診、聞けば「友達と会えると寂しさが紛らわせるから」とのこと。これによって処方される薬はすぐに20~30種類にのぼり、その多くが捨てられている運命です。
捨てられるならまだ被害は少ないものの、服用すれば高齢者の腎機能・肝機能では薬害が発生する可能性は否定できません。ある腎臓専門医によれば糸球体腎炎などの原因疾患を持たない高齢者の腎機能の低下の一番の原因は多すぎる薬剤の服用だそうです。院外薬局でのお薬手帳による服薬指導が効果を発揮するはずですが、結果は上記の通りです。
これを管理・指導する役が後期高齢者医療制度に盛り込まれているかかりつけ医の意味です。高齢者の健康を管理し、薬剤の重複投与を防止し、ある時はゲートキーパーとして症状にあわせて必要があれば専門外来を紹介するこのかかりつけ医のどこがいけないのでしょうか? 決してフリーアクセスが制限されるものではありません。

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2009/10/13 火曜日 - 19:07廃止でいいの?後期高齢者医療制度(その1)

民主党が総選挙で大勝致しました。民主党ホームページ上に掲載されている民主党政策集INDEX2009を詳しく読んでみました。さすがに選挙前になると2008年に出た民主党医療制度改革大綱とは程遠い内容になっています。例えば、民主党医療制度改革大綱では38万床の療養病棟のうち11万床を削減するとしていましたが、今回は「療養病床38万床を維持しなければなりません。」となっています。「後期高齢者医療制度は廃止する」、と明記されていますが、「包括払い制度は推進する」そうです。その後段で「なお、後期高齢者医療制度でも外来医療費を定額にできる『包括払い』のような制度が導入されていますが、仕組みは全く異なります。75歳以上の高齢者のかかりつけ担当医が、慢性疾患を抱えがちな高齢者について、定期的に診療計画書を作成し、生活全般にかかわる指導・診察を行えば後期高齢者診療料が算定できるというものです。これは医療現場の理解を得られておらず、後期高齢者に限って医師へのフリーアクセスが制限され、必要な検査ができなくなる恐れがあることなどから民主党は反対しています。」と書かれています。
本当にそうでしょうか?今回のシリーズでは激増する高齢者にどうやって健やかに暮らして頂くかについて思うところを書かせて頂きます。

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2009/9/29 火曜日 - 17:01お勉強はもう苦痛ではないですか? -慢性期医療へのお誘い- (終回)

出ていくお金は高齢化に伴って毎年増え、入ってくるお金は少子化でどんどん少なくなっていく。税収はバブル期に約60兆円あったものが現在約45兆円、この経済不況で間もなく40兆円を下回るのではないかとみられています。老人国家に加速を続けている我が国では徐々に社会保障は縮小せざるを得なくなり、受給者も不満、納める若者も不満、皆が自分のことしか考えないようになるのでしょうか。社会保障制度の限界を迎える日も近いと思います。
しかし、皆さん、わが国がここでどこまで踏み止まれるかを世界の国々が注目しています。国家として一番多い支出である社会保障費、なかでも増え続ける医療費をどうコントロールするか。限りある医療財源をどう有効に配分するか、限りある医療資源をどう使って良質な医療・介護を提供するか、何を削りどこに集約投下するか、これを国家的視野で論じ、主張し、成果を挙げることが我々の使命ではないのでしょうか。それが医師という偏差値の高い頭脳集団に求められていることではないでしょうか。
慢性期の医療をもっとレベルの高いものにしようという趣旨で書いてきたこのコラムもあちこち寄り道をして12回目となりました。聖域と言われてきた医療界には多くの無駄と無理があります。医療の崩壊を人のせいにしないで、勤務医としての自分の人生を再度考えてみませんか。

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2009/9/15 火曜日 - 17:43お勉強はもう苦痛ではないですか? -慢性期医療へのお誘い- (その11)

下の図をご参照ください。
ある村に100人の住民がおり、うち5人が高齢者でした。この5人のために残る95人が一人一単位の額を拠出しました。すると高齢者は一人当たり95/5=19単位の可処分資本を頂けました。これが1950年頃の日本でした。2005年になりますと、高齢者は20人、生産者は80人です。拠出が一人一単位では足りそうもないので、3倍の3単位をお願いしました。それでも集まったのは240単位でそれを20人の高齢者で分けるとたったの12単位になりました。半世紀前に比べ税金(拠出額)は3倍になったのに、高齢者の自由になる資本は2/3になりました。さらに、25年経ちますと、高齢者は30人(高齢化率30%)、残りは70人で、一人5単位拠出しても高齢者の取り分はさらに目減りします。さらに25年後、これが日本の高齢化のピークですが、40人(高齢化率40%)、60人で一人7単位を集めても、またまた目減りしてしまいます。
2005年の時点に立って考えてみますと、この先半世紀で高齢者は倍になり、支え手は3/4に減る。高齢者のための拠出金は倍以上になるのに、可処分額は目減りしてしまう。そんな恐ろしい時代をわれわれは生きていかなければなりません。
 ましてや、経済不況と格差社会の中で、年収が上位の人の割合は変わらないのに、中の下から下位の人たちの年収が底抜け状態になって、雇用保険や生活保護の申請をする方が激増している現在、倍以上の拠出金をすべての生産者に求めることは不可能です。
 この超高齢化社会のなかで日本が皆保険制度をどう守るか、介護保険の設計をどうするか、世界の国々が注目しています。高齢化は先進国共通の悩みですが、その先頭を行く日本がお手本なのです。OECD諸国と比較して、対GDP比の医療費が低いから日本の医療崩壊が起こっているといった声が聞こえて参りますが、人口が500~1000万人と日本の1/20前後と少なく、高齢化率もまだ低い北欧諸国と比較して日本の低医療費を訴えて何かいい知恵が生まれてくるものでしょうか。

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2009/9/2 水曜日 - 17:09お勉強はもう苦痛ではないですか? -慢性期医療へのお誘い- (その10)

印南氏が指摘されているように、田植えや稲刈り時の家庭内の介護力不足に基づく高齢者の長期入院、北国の越冬入院といった長いものから、退院日を大安の日に限定する六曜入院継続、病院の都合による空床回避入院継続、民間医療保険給付のための保険受給入院継続など、社会的入院は細かく言えば数限りなく見られます。問題はそれによってもたらされる廃用による身体機能の低下で、本人が望まない入院が本人の意向が無視されたまま継続されることです。社会的入院をなくせば一般病床で約17万床、療養病床で約15万床が不要になり、約一兆五千億円弱が適正化されると述べておられます。
私見ですが、高齢者に施行する手術など侵襲的医療は本来社会復帰を前提として行われるものですので、最終的に社会復帰が確認されたら追加して医療機関に収入があるような制度をとれないものかと考えます。前述のケースでは大腿骨頚部骨折の手術をして医療機関に対価としての診療報酬が支払われたあと、在宅復帰して一定期間に医療・介護費用が発生しなければ手術をした病院にボーナスが入るようにしてほしいと思うのです。そうなれば、病院は在宅復帰を最優先に早期にリハビリを行ってくれると思うからです。医師の目を担当の臓器から患者さんの全身管理へと向けさせるインセンティブが生じると思います。ボーナスは1000点(一万円)でも十分に効果が期待できると思いませんか。在院日数の短縮でその数十倍も医療費は節約できるはずですし、適正化される1.5兆円を引き合いに医療機関からボーナスの額を交渉する、健康を回復できた笑顔の対価を求める、そういう仕組み作りを医療関係者が提案し、現実化していくことが大切だと思います。

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2009/8/18 火曜日 - 19:25お勉強はもう苦痛ではないですか?-慢性期医療へのお誘い-(その9)

印南一路氏の「社会的入院の研究」を読みました。社会的入院を生じる一因が我が国の低密度医療にあるとする氏の指摘に共感いたしました。一部を紹介いたします。
一人暮らしの健常高齢女性が、自宅の庭で転んで大腿骨頚部骨折を起こし整形外科の病院に救急搬入された。一週間後の手術は成功したが、ひと月安静入院を続けていたら筋力の低下が起こり、老女は一人で歩けず身の回りのことができなくなった。家族は止む無く介護保険の申請をし、それが下りるまでさらにひと月間入院の継続を願い出た。しかし、入院期間中に褥瘡ができ、認知症も併発したため、近くの療養型病院に転院した。同院ではリハビリも行うことになっているという説明を受けていたので、入院をしていれば回復するかもしれないと家族は期待をしていたが、寝たきりで認知症は悪化し、「胃ろう」による経管栄養を行っているため介護施設は引き受けてくれない。療養型病院に入院して早三年になる。
対して、米国での同様のケースでは、
救急搬入後、翌日手術が施行され、2日目からは鎮痛剤を使用しながら、痛みに耐えリハビリを開始した。五日目には杖をついてなんとか自宅に退院。ボランティアにリハビリセンターへの通所をサポートしてもらい、必死でリハビリを行った。たった五日間の入院でも入院費は高くついたが、早期リハビリのおかげで全身の筋力の低下は最小限に抑えられ、二か月後には通常の家庭生活に戻った。
と、日米のよくあるパターンを紹介し、
高齢者を病院に入院させることは高齢者に優しいことか?保険料を払っているのだから、いたいだけ病院にいる権利があるか?と問いかけ、本当の権利は高齢者本人がその人らしく生きること、高齢者は、急性期に特化した病院で高密度の治療を受け、最短の入院期間で退院し、速やかにリハビリを開始すべきである、としています。さらに、人生の最後が台無しになった責任は誰が取るのか、と疑問を投げかけておられます。

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2009/8/5 水曜日 - 9:49お勉強はもう苦痛ではないですか? -慢性期医療へのお誘い- (その8)

今、療養病床に変革の波が押し寄せています。ご承知の通り、2011年度末には介護療養病棟の廃止が決定しています。医療療養病棟も2006年の改定から医療・ADL区分別の支払い方式が採用され、次第に病床数を減らしています。仮に政権が代わったとしても、民主党医療制度改革大綱によれば療養病床の30%に当たる11万床、一般病床は26万床もの削減が計画されています。
 8月30日に投票日を迎える総選挙に向けて、各政党はマニフェストを出していますが、どれを見てもばらまき合戦の様相です。バラ色の給付と引き換えにだれがどう負担するのか、負担増の話には触れず、財源をどうするかはあいまいにしておいた方が選挙戦に有利だとの判断で、選挙戦になだれ込むようです。財政構造改革路線からはるかにかけ離れた政権運営がなされ、国(国民)の借金はさらに膨れ上がります。しかし、選挙が終わると現実的な問題として経済の低迷による税収不足から、歳出削減を求める声が高まってくるでしょう。われわれ医療や介護の業界は経済不況の数年後からその影響を受けると一般的に言われております。2年半後の2012年の医療と介護の同時改定はわれわれにとってさぞや厳しいものとなるでしょう。小泉構造改革路線は聖域なき行財政改革を進め、医療崩壊の原因を作ったと酷評されておりますが、その狙いは団塊の世代が高齢者の仲間入りを始める2012年までに、社会保障の伸びによる財政負担を将来に付け回さない仕組みを作ろうというものでした。現在の出生数の倍以上の2百数10万人が毎年毎年高齢者の仲間入りを始めます。年金を含めて国民への負担は増し、それによる医療・介護の単価の抑制は不可避です。2012年度は医療・介護業界厳冬時代の幕開けなのです。

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2009/7/21 火曜日 - 18:06お勉強はもう苦痛ではないですか? -慢性期医療へのお誘い- (その7)

私はケアミックス病院である白十字病院の介護力強化病棟で担当した経鼻チューブから栄養をとり、関節が拘縮し動けない高齢者、認知症が進みコミュニュケーションがとれない患者さんに対する無力感から、大学に代わる慢性期医療に必要なスキル習得のための講座の必要性を感じていました。そこで福岡の「実践老年病研究会」で講師を務められた、それぞれの領域で優れた業績を挙げておられる先生方に短い講義を頂いたあと、「実際にこういうことが困った」、「あのような時はどうすればいいんだろう」という疑問に応えて解説をしていただく勉強会を開催したいと計画をしています。まさしく実践の老年病の講演会です。まずは、われわれの施設で始めます。福岡市の白十字病院と佐世保市の燿光リハビリテーション病院をテレビ会議システムで結び医師の他、看護師、コメディカルスタッフ有志とこの10月より開始予定です。ストレスだらけの急性期医療に疲れた貴方、慢性期で戸惑っている貴方、お近くの先生なら参加されませんか?是非、お待ちいたしております(笘霈€092-891-2511、白十字病院看護部、深川までご連絡を)。
実はこの手のスキルアップ講座は7~8年も前から実現を夢み、企画をいたしておりました。慢性期医療、特に高齢者ならではの病態の研鑽は当時スポットライトを浴びてはいませんでしたが、いまに必ず必要になるからとある医療関係の大会社と実現に向けて汗をかいていました。全国には優秀なスキルを持ち慢性期医療の現場でご活躍になっている先生方が沢山いらっしゃるので、そのスキルを伝える衛星放送を発信したいと考えました。東京や大阪にわざわざ出張して講演を聴きに行く暇が取れないのだから、医局の受像機に送る方法がとれないものか考えました。大学受験の予備校にでもできることです。この大切なスキルの伝達が「働きながら学べる」ためには衛星放送しかないと考えたのです。しかし、どれほどの視聴者が得られるだろうか、講座にお金を払って見てくれる病院が採算ベースを上回るだけあるだろうか、との観点からこの話はそれ以上の進展をみることはなく、立ち消えになりました。今になって、高齢者医療の研修受講が義務付けられたり、慢性期医療認定講座が満席で入れないのをみると悔しい想いでいっぱいですが、もう人に頼らず、わが法人で出来るところから始めることにいたしました。

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2009/7/7 火曜日 - 16:59お勉強はもう苦痛ではないですか? -慢性期医療へのお誘い- (その6)

福岡に「実践老年病研究会」という高齢者医療に明日から役に立つエッセンスを討論する研究会があります。平成14年に始まり、今年4月に第19回目を迎えましたが、担当のMRさんに講演記録を見せていただいたところでは、取り上げられたテーマはやはり前回(その5)列記したものがその中心でした。会では複数の講師が講演の後、質問に対しそれぞれの経験から答えていくというやり方が多かったそうです。未成熟な分野であるだけに偏りのない知見を複数の講師が提供するという方式をとっておられるようです。福岡では実に多くの研究会が開催されますが、この会は自発的に参加される医師や看護師が多く、その数は毎回150人に達する勢いだそうです。いかにこの分野のスキルを学びとる機会に医療人が飢えていたかを物語っていると思います。
 最近、在宅医療を評価する考え方から、高齢者の在宅医療を支える医師の教育の必要性に注目が集まりつつあります。後期高齢者医療制度の後期高齢者診療料の算定に当たっては高齢者医療の研修受講が義務付けられています。日本慢性期医療協会は医師・看護師向けの今年で3回目の慢性期医療認定講座をこの夏開催いたします。プログラムはリハビリ部門を除いてやはり同様のテーマでした。定員は200名だそうですが、毎回申込が多くすぐに定員に達するそうです。
 医師になるには国家試験をパスしなければならず、医学生は懸命に勉強します。その量は他の国家資格と比べても格段に多く、難度も相当に高いものです。しかしながら、医学部の教育の中に高齢者医療、老年病を対象とした講座は極めて稀で、大学付属病院に療養病床がない現状では、輩出される医師は急性期医療対象者のみです。医師になるのに100勉強が必要であるのなら、この高齢者医療に自信を持って取り組むにはあと10勉強をすれば足りると思うのです。いきなり療養病棟での勤務を始めても戸惑わないレベルまであと一割のレベルアップで事足りるわけです。ゆっくりと、働きながらでも学べるシステムがあればこれが可能になります。

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