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ムービー1:医師の負担を軽減するために ムービー2:急性期の現場から長崎の回復期~慢性期医療へ 院長ブログ

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私にできることは、医師を中心としたすべての職員が安心して働きやすい環境を作るために、日々改善することです。
社会資本として有限な医師をもっと大切にすることから、日本の医療への貢献を実現します。

2011/9/13 火曜日 - 17:50天災それとも人災?その10

中曽根氏のコラムを続けます。
 津波による原子力発電所の被災は世界で初めてのこと。大震災の発生当初、日本の科学技術力や災害対策への不信が世界に拡がった。実相が分かるにつれて不信は解消されつつあるが、日本の実力への過小評価を早急に改めさせなければならない。
文明に対する大自然の挑戦と日本人はいかに戦い、克服していったかを世界に見せる時だ。復興は政府主導で単に震災前に戻すのではなく、日本の新時代の先駆をなす「次の時代の新しい東北地方」を形成するという歴史的な意識を持って復興計画を作るべきだ。
国債も発行するだろうが、全国民が復興を手伝う意味から「復興特別税」を創設し、国民に広く薄く負担してもらうこともやむを得ない。
大震災で日本の原子力対策は一時的には停滞するだろうが、後退させてはならない。原子炉立地の際に津波など自然災害を十分に考慮するなど安全性の再検証・再評価を行うことは必要である。
与野党は事態が一段落するまで国家総力体制を維持し、内外の信頼を落とさぬことが肝要である、と述べています。全く共感するところです。
日本は科学技術ともの作りの国、中曽根氏も指摘しているように日本の技術がどのように対応したのか世界中の国々が注目しています。福島第一原発の復旧作業に現在も1400人もの人々が従事する免震重要棟、現場は狭く息苦しく、トイレも水洗が使えない劣悪な環境だそうですが、何とか暴れ馬のごときこの原発事故を優秀な頭脳を結集して抑え込んでほしいと願っています。

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2011/8/30 火曜日 - 12:42天災それとも人災?その9

日本が復興に向けて「一つになろうニッポン」と努力しているとき、最大の障害になるのが菅首相であると指摘せざるを得ないのは日本の不幸であります。最大の問題は、オールジャパンの態勢を組めないことです。官僚組織を束ね、その能力をフル活用せねばならない最高指揮官であるにもかかわらず、官僚機構への不信感が先立つためか使いこなせていないようです。首相の私的な勉強会といった政治主導組織が増殖し、肥大化していては先行きが危ぶまれます。まさに、人災と呼べるのではないでしょうか。国家は組織で成り立っています。管首相が震災後作ったのは図ばかり、知り合いの教授や友人に命令を下しても権限がない人に何も動かせません。対応は後手後手に回るばかりでした。国家という組織を持ちながら、官僚という素晴らしい頭脳集団を持ちながら使いこなすことができない、そんな首相を選んだのは残念ながらわれわれ国民なのです。大連立を提案する政府民主党に対し、中曽根康弘元首相は讀賣新聞に寄せた「新しい東北 世界へ示せ」というコラムの中で、大連立は政府・与党がどの程度真剣に心情を野党に吐露し、国家国民のために己をむなしくして協力を求めるかにかかっている。政権維持のためといった考えはかりそめにも持ってはならないと述べています。

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2011/8/16 火曜日 - 18:10天災それとも人災(その8)

4. 危機からの再出発(一部讀賣・日経5月上旬の紙面から)
自民党政権時の2009年6月経済産業省で開かれたある調査会で産業技術総合研究所の活断層・地震研究センター長は「869年の貞観地震で想定とは比べものにならない巨大な津波が来ている」と福島第一原子力発電所の危険性を繰り返し指摘していました。東電の担当者の答えは「研究的な課題としてとらえるべきだ」と素っ気ない返事だったそうです。それから2年足らず、福島第一原発事故の原因を東電は「想定外」としましたが、「想定」は間違いなくあったわけで、ただ直視してこなかっただけでした。
 失敗学で有名な東大名誉教授の畑村洋太郎先生によると、「見たくないものは見ない。考えたくないことは考えない。米国は考えようと努力する国。日本は考えないままにしておく国」だそうです。最悪を考えない危機対策には限界があります。「福島原発が全電源を失ったらどうなるか」、昨年11月東電は福島県でそんな想定の避難訓練を実際にしているのですが、シナリオは数時間後には非常用電源が回復するというものでした。最悪のことはあえて考えない訓練は何の役にも立たなかったと住民から声が漏れたそうです。
 米国は2001年9月11日の同時多発テロの経験を踏まえ、国内104基の原発に何重もの緊急時外部電源を配備する対策を進めてきたそうです。日本は最悪のことを考えず、ただ放置していた。その大きな差はなかなか埋まらないようです。
 米国のオバマ大統領は4月末におきた竜巻の被害に対しアラバマ州など南部3州の知事の要請を受け、大規模災害宣言を出しました。宣言により医療費やがれきの片付けなどへの連邦予算の予備費の支出が自動的に認められるそうです。事態が悪化すれば知事は州軍による戒厳令を敷くことも可能になります。戒厳令下では私権は停止され、住民の強制排除、建物の事前許諾なしの取り壊しなどが出来るそうです。
 戦争や内乱でなく、大規模な自然災害を「国家の非常事態」として、政府の強い権限行使を包括的に認めている国は少なくないそうです。しかし、わが国にはこういう想定がなく、結果的に福島第一原発の半径20km圏内の避難指示、20~30km圏内の屋内退避指示とその後の自主避難要請、20km圏外での計画的避難区域と緊急時避難準備区域の指定と理解するのも困難なあいまいな“お願い”を連発しました。そして警戒区域内への一時帰宅時の不満と混乱と不満ばかりが報道される結果となりました。有事に対する備えや決まり事を先送りにしてきた罰だと思われてなりません。

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2011/8/2 火曜日 - 18:30天災それとも人災?その7

2010年9月7日、尖閣諸島周辺で日本の海上保安庁の巡視船「みずき」が、中国籍の不審船を発見し日本領海からの退去を命じるも、それを無視して漁船は違法操業を続行、逃走時に巡視船「よなくに」と「みずき」に衝突し2隻を破損させました。海上保安庁は漁船の船長を公務執行妨害で逮捕しました。中国政府は「尖閣諸島は中国固有の領土」と主張し、船長・船員の即時釈放を要求しました。前原外相(当時)は「こちらにはビデオもある」、「尖閣諸島には領土問題は存在しない。国内法に基づいて粛々と進める」と中国に対しても臆さずという姿勢を示しました。しかし、中国国内では半日民間団体が早速日本批判や抗議活動を展開、中国政府も複数の極端な報復活動を繰り返しました。ついにはレアアースの対日輸出を禁止したばかりか、9月21日中国本土にいたフジタの社員4人を「許可なく軍事管理区域を撮影した」として身柄を拘束しました。これらの中国政府の措置を受けて、9月24日「国内法で粛々と判断する」と発言していた菅直人首相と前原誠司外相が国際連合総会出席で不在の中、那覇地方検察庁が拘留期限が5日残っている時点で、「わが国国民への影響や、今後の日中関係を考慮して、船長を処分保留で釈放する」と発表、翌25日未明、中国のチャーター機で本国へ送還されました。中国帰国時、英雄扱いされた報道は記憶に新しいところです。
 これに対して、与党からも「外交なんて全くの門外漢。恫喝され、慌てふためいて釈放しただけ」、「検察に政治的判断をさせるのはどうか」、「政治主導と言うなら政治家が責任を持って最後は判断しないと駄目だ」、「事実上の指揮権発動だ」という声が沸き起こりました。野党からは、「極めて愚かな判断だ。中国の圧力に政府が屈した」、「政府は弱腰外交との批判を恐れて、検察に責任を押し付けようとしている」、「明白な外交的敗北だ。菅内閣の弱腰外交を糾弾しなくければならない」などの批判の声が噴出しました。
 しかし、ちょっと待ってください。一体全体尖閣諸島で何が起こったのか。肝心の国民は正確には知らされていませんでした。6分50秒に編集されたビデオは事件から2か月近い11月1日、衆議院予算委員会の理事ら30人のみに開示されました。世論でも映像を公開する声が高まっていたため、野党自民党は映像を国民へ全面公開することを求めましたが、政府と与党はこれを拒否しました。事件最初期の段階において、菅首相、仙石官房長官(当時)、前原外相の3閣僚はビデオを閲覧していたといいますが、一体全体この国はいったい誰が肝心な事柄を話し合い、誰が責任を持って決めるのか、全く理解できません。法務省が国益を考えて政治判断をするという、摩訶不思議な国は日本だけではないのでしょうか。

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2011/7/19 火曜日 - 18:23天災それとも人災?その6

3.震災対応 見えぬ司令塔(一部讀賣新聞から)
政府内に本部や会議が乱立し、首相はブレーンとして内閣官房参与を次々と任命し、さらにまた会議が招集される。指揮命令系統や役割分担がはっきりしないまま会議に悩殺される官僚たち、組織乱立への不満が充満していました。
普段は縦割りが問題となる省庁ですが、有事の際の複数省庁による「横割り」組織の乱立には責任の所在がわかりにくくなり、かえって非効率となるそうです。自民党政権時代は党の部会で政治家同士が議論し合い、その場で役人に指示があったので政治家の問題意識が顕在化して動きやすかったそうです。民主党の政治主導って何なのでしょうか。
 政治の責任の所在をさらに見えにくくしているのが首相のブレーンとなる内閣官房参与の存在でした。震災後首相は6人任命し、現在15名、あっ、いやいや、場当たり的な被爆線量の設定に抗議し、「参与の形で容認したと言われれば学者としての生命は終わりだ」とあふれる涙をこらえながら内閣官房参与を辞任された小佐古東大大学院教授を除くと14名の大所帯です。
 「あいつらは正確な情報を伝えてこない。あいつらは何か情報を隠している」。首相の言うあいつらとは、東電や保安院、原子力安全委員会のこと。参与に「あいつらとは違う視点のセカンドオピニオンを得る」と首相と参与の会談の場に官僚を同席させず、一部の参与は逆に東電の統合本部、日米両政府の連絡調整会議にも出席させる首相。「どういう権限で出席しているのか」と同席者に不信感を抱かせるこの異常な国家危機管理能力をどれほど多くの国民が認識しているのでしょうか。

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2011/7/5 火曜日 - 19:52天災それとも人災?その5

櫻井よし子さんが国際ロータリー2700地区大会の特別記念講演で指摘された首相の落ち度の1点目は、しびれを切らし陸上自衛隊のヘリにてほぼ単独の視察を強行したことでした。膨大な情報を処理し、解決策を立案するブレーンを伴わずに自分のみで単独行動を強行し、仲間に「お前たちは現場を見ていないだろ」はあり得ないことですよね。
 管総理は「原発問題は官邸主導でやれる」と確信し、自衛隊にヘリから放水の指示を出しましたが、放射線量が高く効果的放水とは言い難い結果に終わりました。地上からの放水も自衛隊、警察、消防の調整がなかなかつきません。これに対して矢のような首相からの催促が続きました。原子力災害特別措置法を適用すれば、首相からいろいろな指示が出せることを説明されても「何故進まないんだ」と菅さんは逆切れするばかりだったそうです。総理の指示は口頭で個別の官僚に命じただけ、これでは官僚組織は動きません。
 もともと民主党政権は政治主導、政治家とりわけ官邸が一切を取り仕切ることを目指して出発しました。官僚はその存在価値を評価されていない立場にありました。菅首相の官僚機構と東電への不信は強くなるばかりです。東工大教授で原子炉工学研究所長の有富正憲氏らを次々と内閣官房参与として官邸に迎え、その数は6人にもなりました。セカンドオピニオンを背後につけ管総理はますます高飛車になっていきます。東電や保安院などが自らの指示に抵抗すると「俺の知っている東工大の先生と議論してからこい」と言ったそうです。
 各省庁は阪神・淡路大震災を先例にさまざまな被災者支援や復旧策をひそかに準備してきました。ところが政務三役の「政治主導」が障害となりました。民主党政権になり政務三役に無断で仕事をやってはいけないという「不文律」が出来上がっていました。「勝手なことをやりやがって」と叱責されるのを覚悟の上で官僚機構は黙々と対策を練ったそうですが、実行の目途は立ちませんでした。政治不在がいかに恐ろしいものか官僚は思い知ったそうです。

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2011/6/21 火曜日 - 19:15天災それとも人災?その4

1号機のベントに踏み切ったのが地震発生後15時間経過した3月12日午前10:17、その5時間後、1号機は水素爆発、ベント実施が遅すぎたのです。この後、相次ぐ原子炉建屋などの水素爆発は保安院が全く想定していなかった出来事でした。3月14日午前11:00には3号機建屋爆発、3月15日午前6:10には2号機で大きな爆発音、同じく3月15日午前9:38には4号機核燃料貯蔵プールから出火しました。まるでもぐらたたきゲームのように起こる危機。「保安院や東電は明らかに判断能力を失いつつある」。「説明が二転三転している」。高い放射線濃度の中で、炉の冷却のために命を張っている自衛隊員を指揮する防衛相や同省幹部を含め、政府内の保安院や東電への不信感はピークに達しました。
 ではこの不信感は何処からどうして生まれてきたのでしょう。
2.官邸機能せず「何かあったら、お前らのせい。」(一部産經新聞より)
東工大応用物理学科卒で「ものすごく原子力に強い」と自負する管総理はさっそく執務室にホワイトボードを持ち込み炉心溶解の可能性を保安院に指摘され、炉内の蒸気を排出するベントを急げと指示を出しました。しかし、トップ不在の東電の反応は鈍く、首相はしびれを切らし地震発生翌日の午前6:14陸上自衛隊のヘリにて視察を強行しました。武藤栄東電副社長にベントを急ぐよう詰め寄り、秘書官に当たり散らし、保安院幹部らの説明にも、「お前たちは現場を見ていないだろ」と納得せず、面識もない官僚に突然電話で指示をだし、「何かあったら、お前らのせいだぞ。」と責任をなすりつけたそうです。

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2011/6/7 火曜日 - 16:54天災それとも人災?その3

2001年2月10日、ハワイ沖で日本の高校生の練習船「えひめ丸」が、アメリカ海軍の原子力潜水艦と衝突して沈没、日本人9名が死亡するという「えひめ丸事件」が発生しました。当時の森喜朗総理は第一報が入ったときゴルフ場におり、衝突により日本人が多数海に投げ込まれたことや、相手がアメリカ軍であることも判明していましたが、総理は第2報の後第3報が入るまで1時間半の間プレーを続け、これが危機管理意識上問題とされました。この事件の報道で森総理のゴルフプレイ姿が繰り返し放送されたため国民には悪印象が増幅し、マスコミにこのことを問いただされた総理が「プライベートだ」と答えたことで批判は拡大しました。事故を起こしたアメリカ側はブッシュ大統領が「事故の責任は全てアメリカにある」と謝罪しましたが、マスコミはこれを異例の素早い対応と評価、日本の事故処理の印象を一層悪いものとしました。
 その後も国家の危機管理に関して日本のリーダーには素早い危機対応能力を見せていただけた方は数少ないと思われます。これらの教訓から危機に瀕したリーダーに求められる初動は「我ここにあり」と自分の存在場所を内外に示し、そこに情報を集約することだと思われます。次にすべきことは送られてくる膨大な情報を冷静かつ客観的に整理・選択して、とるべき対応策のいくつかを提案できるブレーンを集め機能させることだと思われます。    
 この点に関して、現在批判されている管政権の初動に関しては大きな問題はなかったように思われますが、問題は次のブレーンの作り方にあったように思います。これに関しては後日詳しく述べますので、東電福島第1原発 一か月の動きに話を戻しましょう。

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2011/5/24 火曜日 - 19:34天災それとも人災?  その2

 3月12日午前1:00過ぎ、1号機の炉内圧力は設計値の1.5倍に達し、原子炉は危険な状態になりました。もはや、発生する蒸気のベントしか手がなくなりました。ベントとは高濃度の放射性物質を含む炉内の水蒸気を圧力調整弁により意図的に外部に放出して原子炉の崩壊を防ぐ、いわば非常時の「禁じ手」といえるもので、過去日本で行われた例はありません。午前1:30、弁を開けようと努力しますが、もはや電源は失われ、自動から手動へ、暗闇で作業は進みません。1号機の格納容器圧力は明け方には設計値の2倍を超えていました。1号機のベントに踏み切ったのが12日午前10:17、5時間後1号機は水素爆発し、建屋が吹き飛びました。
 3月11日夕方には必要性が認識されていた1号炉のベントは実行までになぜ15時間もかかったのでしょうか。地震発生当時、東電の勝俣会長は北京に、清水社長は関西に出張中でした。地震で空港が使えず、鉄道もダメ、道路も渋滞し、トップ不在は地震発生から約20時間に及びました。その間、東電の現場は重大な決断を次々に迫られました。ベントをすれば放射能汚染の可能性があり、企業への社会的責任を問われる重大事態となり、多額の賠償が発生する可能性があります。炉心への海水注入も廃炉覚悟の行為で、廃炉となれば1基1000億円規模の費用が発生します。遠い中国から、関西から、携帯電話で指示が可能だったのでしょうか?
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2011/5/10 火曜日 - 18:00(天災それとも人災?  その1)

今日は5月10日、あの東日本大震災から2か月が経過しようとしています。
この度の大震災の犠牲となられた皆様のご冥福を謹んでお祈りし、被災者の方々に心からお見舞いを申し上げます。
ちょうどひと月前の4月10日、私たちの所属する国際ロータリー2700地区大会の特別記念講演は櫻井よしこさんの「日本よ、勁(つよ)き国となれ」というタイトルでしたが、その殆どが大震災と福島第一原発事故に対応すべき政府の不手際を問題視する内容でした。また、その日は統一地方選挙の前半戦の選挙日にあたり、翌日の朝刊は選挙結果の報道を控えておりましたので、大震災1か月を振り返り新聞各紙はその総括を載せていました。その中で、讀賣、日経と産經新聞の記事は強く心に残り、櫻井氏の論調にも共通するものでした。現在、管直人内閣の失政が際立って報道され、与党出身の西岡武夫参議院議長から「やるべきことをやっていない。今の状態で国政を担当するのは許されない」と2度までも異例ともいえる首相の進退に言及されています。大震災という歴史的な国難に対して求められる一国のリーダー像について、過去のわが国のリーダーと海外のリーダー、さらには最近読んだ「昭和史」(平凡社)の半藤一利氏の日本を歴史的な国難である敗戦と焦土に導いてしまった軍の高級将校のそれと対比しながら述べてみたいと思います。
1. 福島第一原発 一か月の動き(一部讀賣新聞から)
平成23年3月11日午後2時46分、1000年に一度といわれるマグニチュード9.0の大地震が東北地方太平洋沖で発生しました。地震発生の直後、官邸、経済産業省原子力安全・保安院(以下保安院)、東京電力(以下東電)も安堵感につつまれていました。福島原発の運転中の1~3号機は緊急停止し、バックアップ用の非常用ディーゼル発電機も起動したと伝えられていたからです。しかし、その後の津波で非常用電源13大中12台が損壊し、原子炉冷却機能が失われました。ただちに、東電は電源車をかき集め現地へ向かわせましたが、道路は渋滞し、現場近くの道路は寸断され前に進むことはできませんでした。さらに準備不足が露呈します。接続用の低圧ケーブルが足りなかったのです。12日午前0:00を過ぎても電源は回復しませんでした

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